JBSA 日本バイオセーフティ学会

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第1回 日本バイオセーフティシンポジウム
講演要旨

バイオセーフティの歴史的背景

日本生物科学研究所
山内 一也

 19世紀半ばに始まった細菌の分離は実験室感染すなわちバイオハザードの歴史の始まりとなった。、感染の原因の多くはピペットや注射器からの感染であって、感染防止の基本は病原体に直接触れないようにすることが認識され、手袋、マスク、白衣の使用が始まった。単純な対策ではあったが、現実にはかなりの効果を発揮してきた。しかし、これだけでは感染を防ぎきれない場合が出てきた。

  病原体の感染経路は、接触感染と空気感染である。接触感染は前述の単純な対策で防ぐことができるが、空気感染の場合、病原体はマスクを通り抜けて感染を起こすおそれがある。そこで、ウイルスのようにごく微細な粒子でも捕捉できる高性能のフィルターの開発など、感染防止のための機器や設備が開発されてきた。

  古典的バイオハザード対策を補強するものとして近代的バイオハザード対策の開発に貢献したのは、生物兵器の研究であり、その中心になったのはFort Detrick生物兵器研究所であった。ここで生物兵器としての炭疽菌、ボツリヌス菌など危険な細菌が大量に培養され、サルや羊などの動物への空気感染が試みられた。その際に重要な課題になったのは実験者の安全と周辺環境の安全であった。この時期に現在のバイオハザード防止対策の基本ができたといえる。

  一方、航空宇宙局(NASA)の宇宙開発分野もバイオハザード対策に貢献した。アポロ計画で開発されたHEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルター、現在レベル4実験室で用いられているプラスティックスーツの原型となった宇宙服などである。

  接触感染と空気感染の防止の基本が固まるとともに、システムとしてのバイオハザード対策、とくに隔離実験室についての検討が始まった。これは1970年代にニクソン政権が打ち出した癌の研究推進政策の副産物である。これまで生物兵器や宇宙開発といった特殊な目的で検討されてきた感染防止の技術が、医学研究での実験室感染防止のために総合的に検討され、バイオセーフティのハード面ができあがってきた。

  ソフト面として、CDCは病原体の危険度を分類して、それぞれの危険度に応じた対策を実施する方式を確立した。そのきっかけになったのは1967年に発生したマールブルグ病の発生である。

  予研ではCDCの分類をもとに病原体の危険度分類を1979年に作成した。その後、これは何回か修正され、現在では「病原体等安全管理規定」と名称が変えられている。この指針は予研の自主規制のためのものであるが、国内の研究機関や学会がこれに準拠した指針を作成している。



バイオセーフティの現状―国際事情―

国立感染症研究所バイオセーフティ管理室
杉山 和良

 1960年代後半の重篤な出血熱の発生、1970年代の英国における天然痘の実験室感染、1974年の組換えDNA実験の開始等により、バイオセーフティに関しての関心は70年代から急速に高まってきた。リスクに応じて病原体を分類し安全に取扱うという考え方が示された。病原体の取扱いのマニュアルについてはCDC・NIH、WHO共に初版を1983年に出した。逐次、改訂版が出されており、2002年にWHOの3版が出される予定である。マニュアルには病原体のリスク分類に対応して実験操作法,安全装置及び施設設計からなる3つの要素の組み合わせより4つのバイオセーフティレベル(BSL1から4)に分けて病原体を安全に取り扱うことが示されている。BSL4が最もハイリスクの病原体に対応している。

  国内では感染研が1981年に病原体等安全管理規程を出している。当初は病原体をクラス分類していたが、1992年から病原体のBSLによる分類を行っている。これまで広く使用されているPレベル(物理的封じ込めPhysical containmentのP)は単に物理的封じ込めの意味にとどまらず、組換えDNAガイドライン等で、組換え体等の取扱の内容も含んで用いられている。今後、BSLで統一的に使用されるようにすべきであろうと思われる。

  安全装置の最も代表的なものが生物学的安全キャビネットであろう。1980年代から我が国でも急速に普及が進んだ。組換えDNAのガイドラインには生物学的安全キャビネットの使用について取り決めている。実験室の現場においては、メンテナンス等のプログラムにおいて取り組むべきところがあると思われる。また、新規に生物学的安全キャビネットを使用する者への充実した教育プログラムも必要であると思われる。

  施設設計は基本的には建築基準法に基づいて行われる。国際的には、BSL4実験室は宇宙服実験室が主流である。BSL3実験室については国内には約200位の実験室がすでに稼動している。また、実験動物施設については建築及び設備ガイドラインが出されている。「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が1999年4月1日に施行された。いわゆる感染症新法施行に伴い、厚生省通知として感染症指定医療機関の施設基準に関する手引きが出されている。

  バイオセーフティに関する学会は、米国バイオセーフティ学会 (The American Biological Safety Association: ABSA, www.absa.org )が1984年に設立された。現在、米国以外の18ヶ国から約80名が参加している。会員総数は約740名であり、単なる国内学会という活動だけではない。 ABSAカナダ ( www.ABSA-Canada.org)はABSAの関係団体として1990年に設立され、会員は約90名程である。2000年位からABSA等でもバイオセーフティについての国際的連携の必要性が話題となってきた。2001年10月の ABSA年次総会(ニューオリンズ)の際に、International Biosafety Working Groupについての会議があり、ABSAカナダ、E(ヨーロッパ)BSA、 International Veterinary Biosafety Working Group、International Level 4 Users Group、WHO、ロシア及び感染研のグループが参加した。国際的なリソースとして本グループを活用すること等をめざすことが討議された。次回の会議は、2002年の第7回バイオセーフティシンポジウム(1月26−30日、アトランタ)の際に開催されることになっている。

  バイオセーフティを科学的分野に持って行くことや、バイオセーフティの専門職が望まれている機運のなかで、日本バイオセーフティ学会が設立されることとなった。本学会の設立により、バイオセーフティの学術及び普及・向上発展のために広く意見を集約し、提言し実現化していくことが可能であると思われる。バイオセーフティ教育の重要性については改めて言う必要はないが、さらに充実したトレーニングコースが望まれていると思われる。



バイオセーフティの現状 ―国内事情―

NPO法人 バイオメディカルサイエンス研究会 バイオセーフティ分野
小松 俊彦

 わが国のバイオセーフティに関する取り組みは、国際伝染病の登場(ラッサ熱事件1976年)や組換えDNA研究の急速な進展を契機に、1976年に旧国立予防衛生研究所(旧予研)が病原体の安全管理体制の研究をはじめ、1981年に国内の実験室感染の調査および欧米の体系も参考にして、「国立予防衛生研究所病原体等安全管理規程」を制定・施行されたことに端を発している。

  この規程は現在までに5回の改正を経ているが、基本的にはWHO や米国CDC/NIHの基準とも適合している。病原体の安全管理体系は法規制によることなく、研究施設等が自主的に制定し、運営することを原則としていることから、本規程はわが国の研究施設等の規定作成上の規範として活用されている。

  わが国の公的機関における、病原体等の安全管理に係わる規定等については、現在までに1)国立感染症研究所病原体等安全管理規程:旧予研(昭和56年:内部規程)、2)家畜衛生試験場微生物等取扱規程(平成5年:内部規程)、3)大学等における研究用微生物安全管理マニュアル:案(平成10年:学術審議会特定研究領域推進分科会バイオサイエンス部会)、4)生物学的製剤等の製造所におけるバイオセーフティに関する指針(平成12年:厚生省医薬安全局監視指導課長通知)が制定・運用されている。また学会においても、日本細菌学会が「日本細菌学会バイオセーフティ指針」:昭和59年、「病原菌株の分譲におけるバイオセーフティに関するガイドラインについて」:平成2年を、日本ウイルス学会が「ウイルス研究におけるバイオセーフティ指針」:平成5年を公表している。その他に病原体等に関連する組換えDNA実験指針等が国の指針として定められている。

  わが国におけるバイオセーフティに関する認識は、近年のエマジング感染症に代表されるエボラ出血熱、エイズ等の死亡率の高い急性または難治性のウイルス感染症や腸管出血性大腸菌O-157による集団下痢症の発生、院内感染の主役をなすMRSA、胃潰瘍および胃癌の発病に関係があるとみられるヘリコバクタ・ピロリなど数多くの細菌性疾患の登場或いは最近の狂牛病やバイオテロリズムの問題など、感染症に対する対策の重要性が強く求められていることにより、関係の機関・企業は元より一般市民に至るまで浸透してきている状況にある。

  しかしながら、その対策の実践については関係の機関・企業等で大きく格差があることは否めないのが実状である。その原因の主要因は、危機管理に対する考え方に温度差があること、バイオセーフティに関する情報を適切に交換し得る場が極めて乏しいこと、バイオセーフティ技術の基本的理解が不十分であることなどがあげられよう。そのための解決策としては、バイオセーフティに関する学術団体の設置、バイオセーフティ技術の教育・訓練およびバイオセーフティに関する情報提供などの場が必要となる。更にバイオセーフティの問題は、医学生物学研究とは不即不難の関係にあり、関連学会との連携も図らなければならない。また、この問題に対応する行政当局の確立も望まれるところである。

  WHO実験室バイオセーフティ指針の序言の中に「生物学的安全性の主原則は、適正な方法を微生物学者および他の者にも繰り返し指導することである。」と言明している。このことはバイオセーフティに関する教育・訓練の重要性を意味するものであることから、現在、演者が所属するNPO法人バイオメディカルサイエンス研究会(BMSA)のバイオセーフティ分野が実施しているバイオセーフティ技術講習会を教育・訓練の一事例として紹介し、参考に供したい。

  BMSAで行っている当該講習会は、病原体等安全管理技術者養成講座として、基礎コースと主任管理者コースに分け、各コースとも年に1〜2回、実習施設の関係から1回60人定員で実施している。

  コースの目的と受講対象者は、基礎コースでは微生物の基礎知識とバイオハザード対策の基本技術を指導し、関係業務の個人および環境に対する微生物学的安全確保を図るため人材を育成することを目的とした講座である。受講対象者は、病原体等を取り扱う初任実験従事者および実験室支援業務従事者で事業所等の推薦する者である。一方の主任管理者コースにおいては、病原体など取り扱う施設の安全管理に携わる責任者を養成するもので、バイオセーフティに係わる全般的な病原体などの安全管理と運営の方法・技術を伝達する事を目的とするものである。受講対象者は、事業所等の推薦する3年以上の病原微生物の取り扱い経験を有する者である。

  講習は実習を含め2ないし3日間の日程で実施し、最終日の総合討論の後に、認定試験を行い閉会となる。表1・2に講座カリキュラム、講座内容を示した。

  次に講義内容の一例としてバイオセーフティの原理について示すと、1)感染の過程、2)病原体封じ込めの基本、3)危険性の認識と評価、4)封じ込めレベルの設定、5)教育と訓練、6)安全管理体制の6項目がバイオセーフティの骨格を形成するもので、それぞれの項目についての解説を行っている。

  本講習会は今年度までに基礎コースで9回、399名を、主任管理者コースでは6回、210名の全国からの受講者を数えるに至っている。受講者の所属と受講率を示すと、基礎コースでは民間(78%)、公的機関(16%)、国公私立大学(6%)である。一方、主任管理者コースについては、民間(73%)、公的機関(17%)、国公私立大学(10%)である。両コースとも圧倒的に民間所属の受講者が多いことが現状である。

  なお、受講者に対する認定の意義は、バイオセーフティに関する情報交換を当研究会をキーステイションとして行うとともに、認定者の現場において発生する問題を当研究会も認定者と共に解決する体制で臨むことにある。安全性確保のための認定であることから、認定者には更新のために3年に1度の研修を義務付けている。

  因みに、JICAの外国人研修生は基礎コースと主任管理者コースの講習内容をアレンジした形式で、1週間コース(基礎コース)と3週間コース(管理者コース)の2つのコースを設定し実施している。

  最後に、わが国では1970年代まではバイオセーフティの概念は研究者の間においても普及しておらず、安全機器などについてもほとんど配慮されていなかった。近年に至ってバイオセーフティの概念は研究者の間で広く認識されるとともに、安全設備および安全機器についても格段の進歩がみられており、未だ十分とは言えないまでも大部分の関係施設においては、各種の生物用安全キャビネットが整備されるまでに至っている。

  しかしながら、わが国のバイオハザード対策のシステム化は未だ充分に確立されておらず、関係の機関・企業ごとに個々別々に対応している状態にあり、バイオセーフティに関する配慮は必ずしも一様でないのが現状である。このため、対策の過少、病原体輸送・受け入れ、安全管理体制のあり方、バイオセーフティ技術研究の遅滞、国際化への対処など多くの問題を有しているものと見做される。従って、これらの諸問題を解決するためには、バイオハザード対策のシステム化を確立することが必要不可欠である。そのためには、わが国にバイオセーフティ学会を設立し、学術研究交流の場を提供するとともに、わが国のバイオセーフティに関する先導的な役割を有する学術団体として活動することが望まれるところである。時機をを得て、この度その第一歩が踏み出されたことは、この分野の発展に大きく寄与されるものと期待されるものである。



バイオテロリズムとは

国立感染症研究所 副所長
倉田 毅

バイオテロとは何か?

  バイオテロという語が市民権(?)を得たのは、1997年のアトランタにおけるThe 1st International Conference on Emerging Infectious Diseases においてである。WHOの天然痘根絶計画で10年間指揮をとったD.A. Henderson のPlenary Session において、“一般市民がいとも簡単に炭疽、ボツリヌス等の菌を培養し、散布した(日本. オウム真理教団)” と話し出し、結論として、従来の国際間の紛争(戦争)での使用を目的としたいわゆる“生物兵器”のみでなく、通常実験室で簡単に扱える病原体でもテロは起こしうるとして、今後の生物テロ対策に警鐘を鳴らした。サリンを除き、日本においては幸い生物剤による人命にかかわる事態には至らなかった。 そして2001年秋の米国における炭疽菌による事件(12月中旬迄5死亡 / 22患者)が、平時において初めてである。1998年秋から2001年初夏まで“炭疽菌をまいた”という情報は米国各地から寄せられた(人の密集地で散布したという電話、あるいは封筒ののりしろ等に封入)が、一例も菌を検出できなかった。今回初めて本物となったわけである。わが国でも、このニュースに興味を持ち、いたずらした数は昨年までに2000例を超え、約1/4が首都圏である。

  バイオテロとは:ウイルス、細菌等の病原体とそれらが産生する毒素(toxin)が、人為的に散布(方法は問わない)され、自然の感染症発生と無関係に感染者、患者が発生することをバイオテロという。核や化学剤テロと異なり、不自然な感染者・患者が発生しているという認識までに数日を要する。病原体が目に見えない、初期的には他疾患と区別しにくいことが多い。ほとんどの医師がその疾患を診たことがない。ごく限られた人しか診断技術を持ってはいない等々の要因で、思わぬ感染拡大もあり得る。

  今回は対象病原体とその特徴、材料採取と検出方法、日頃の準備(特別のものはなく、各感染症について現場の医療関係者が習熟していることにより見分ける以外にない)等について述べる。また、考えられる希なる疾患に対応しうる抗生物質、抗体、ワクチン等の準備も考慮すべきと思われる。患者サーベイランス能力と実験室診断能力の向上等が特に望まれる。

  最も対応が進んでいる米国厚生省では1999年以降、各州衛生部の病原体検出能力向上に莫大な資金を投入している。

  各機関のバイオセーフティ委員会は実験施設内の病原体の管理と移動時の安全性に今まで以上の力を注いでいく必要があろう。



痘瘡ウイルスとバイオテロリズム

富山県衛生研究所・国立感染症研究所名誉所員
北村 敬

 痘瘡ウイルスに、免疫のない感受性個体が曝露されると、約80%が感染・発生し、発症者の30〜40%が死亡する。症状は、非特異的な発熱、咽頭炎頭の前駆症状の後、ウイルス血症を経て全身の皮膚に特徴的な、斑丘疹/水疱/痂皮と進行する病巣を作り、患者は前駆症状期から痂皮が脱落するまで、感染源となる。

  痘瘡ウイルスは乾燥状態では感染性が保持され易く、感染経路の主体は感染性エロゾールの吸入による経気道感染である。感染性エロゾールの人為的散布で多数の個体に感染させ易く、しかも散布する本人は種痘(痘瘡ワクチン接種)により守られているという、テロリストによって極めて好都合な性質を持つ。有名な1970年1月のドイツのMeschede病院の事例では、前駆症状期の患者が、痘瘡の診断のつく前に、一般病棟の病室に4日間収容されていただけで、その後その病棟から19名の二次患者が発生し、その病室分布は原発患者の部屋からの空気が階段室や暖房の利き過ぎで細く開けていた窓を通して到達する範囲に一致していた。

  1980年の全世界痘瘡根絶宣言以後、種痘が行われなくなった為、全世界中の20才以下(日本では25才以下、米国では30才以下)の若者全員が感受性個体となっている。数学モデルによれば、感受性個体の供給が無限に続く条件下で人為的に痘瘡ウイルスが散布され、最初10人が感染した場合、検疫による隔離や、接触者の種痘等の対策が行われなかった場合、米国や日本のような都市社会では、6ヶ月以内に200万人以上が感染し1年後には、これが数億人に達すると計算される。検疫と種痘が理論通り行われれば、これを1年後でも数千人レベルに抑える事が可能であると計算される。このような想定に基づき、米国では、緊急事態に対処するため、4000万人分の痘瘡ワクチンを備蓄し、これを適切に活用出来るよう、異常事態を速やかに発見できる診断設備を含むサーベイランス体制を確立し維持する方策をきめ、2年前より準備を進めている。1980年以降、痘瘡ワクチンの製造設備も生産技術も断絶している。ワクチン生産体制を整え、技術を再訓練し、更に、生産されたワクチンが安全で、有効であることを確認する国家検定が終るまでに、速くて1.5年、遅ければ2年以上を必要とする。今日の1週間の遅れは、2年後の1週間の遅れを結果する。国民の健康と生命を守る安全保障の費用として、使われないで無駄になる事を寧ろ幸運と考えつつ、体制を整備する努力を早急に発動させるべきである。



炭疽

国立感染症研究所 細菌部
渡邉 治雄

 炭疽菌は,一般的には芽胞の状態で土中に長期(少なくとも数十年)に存在している。何らかの原因(洪水,長雨等)で土表面に現れた芽胞は,気温等の条件が整えば沈泥中で菌体となり増殖する。その菌体や芽胞そのものに汚染された牧草を摂取した家畜や野生草食動物が,腸炭疽を発症し,死亡する(草食動物の死亡率は約80%)。死亡した動物から排出された菌および芽胞が再び土壌を汚染するというサイクルを繰り返している。

  ヒトは,一般的には感染動物やその獣皮,毛,骨粉などの組織に接触した場合,あるいは炭疽菌および芽胞に直接暴露された場合に,感染し発病する。しかし,芽胞として長期に生存可能であること,芽胞を吸入すると致死率の高い肺炭疽を引き起こすことからバイオテロの病原体としても利用されてきている。

  実際,米国でのバイオテロの結果起こった10例(4名死亡)の肺炭疽の臨床所見がまとめられ発表された。それによると、潜伏期の平均は4日、その後1〜4日の上記の初期症状の後に,呼吸困難,チアノーゼ等の重篤な呼吸器症状に進展している。全ての例において,レントゲン写真上に何らかの異常陰影(縦隔の拡大,気管旁の充満,胸水,肺浸潤等を示す陰影)が見られている。肺CTにより,上記所見に加え,縦隔リンパ節の腫脹がはっきり認められた症例もある。抗菌薬投与前の初期症状時に血液培養を行った全症例で,炭疽菌の分離に成功している。また,胸水,経気管支生検等の材料から蛍光抗体法で炭疽菌の莢膜抗原,およびPCRによりそれらの遺伝子の検出にも成功している。全ての患者が,炭疽菌に有効な2剤以上の薬剤の投与を受けており,6名の生存者は,初期症状時にフルオロキノロンと炭疽菌に有効な少なくとももう1剤の投与を受けていた。分離菌の薬剤感受性試験の結果,シプロフロキサシン,ペニシリン,アモキシリン,ドキシサイクリン,リファンピシン,クラリスロマイシン,クリンダマイシン等に感受性を示していたが,セフトリアキソン,ST合剤には耐性であった。また,炭疽菌に暴露された可能性がある人にシプロフロキサシンの予防内服がなされた(60日間の内服が推奨されている)。投与2週間目に19%のヒトに投薬の結果によると思われる何らかの症状(かゆみ,呼吸困難,顔面・頸部・のどの腫脹等)が認められた。19%の内の6%のヒトが投薬を中止していた。


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